「カササギ」 |
その使節との交渉が決裂して翌年1597年慶長の役=丁酉の再乱がありました、「カササギ」は、どうやらこの頃に日本にやってきたと言うのですが、恐らく、和議に参加するため、1596年(16世紀後半)に相手の使節がお土産で持参したのではないかとchochoensisは、想像しています。*「日本の野鳥590」では、それより遅く17世紀となっています。しかし、もっと古い記録もあることがわかりました・・・それは奈良時代の頃「日本書紀」の=推古紀=に次のようにあります・・・「・・・新羅より至りて 鵲二隻を献る・・・」「・・・新羅の王の献物は・・・鵲二隻・・・」の記述があります。当時の日本には、当然、「カササギ(鵲)」はいなかったので、朝鮮半島から持ってきたものだと考えられています、その当時、古代中国では「カササギ(鵲)」は吉事の印といわれ、とくに鵲が鳴くと吉事が訪れると考えられていました。
そういうことから、「カササギ」が、なんらかの理由・・・特に目出度い印・・・として持ち込まれた事は容易に想像できるではありませんか・・・。
「かささぎ」の「かさ」は、新井白石によりますと、朝鮮語の古名で「さぎ」は、騒がしいと言う意味だとしています。韓名:「鵲(さく)」、朝鮮名:「かち」といいますが、九州北部の方言「カチガラス」は、どうやら朝鮮名の「カチ」を冠したもののようです・・・。一部騒がしい鳴き声「カシャカシャ=カチカチ」から「カチガラス」という意見もあるようです。この「カササギ」をはじめて観察したのは、2002年の正月の事でした、あまりきれいに撮れなかったのですが、なかなかの美形でした・・・。
小生はイギリスでこのMagpiをたくさん見ました。
彼の地では幸せを呼ぶ鳥として、この鳥を一度に何匹かみると縁起は良いといわれていましたよ。
中国に行ったときも何度か見ましたので、大陸ではかなり多い鳥だと思われます。
カチガラスという名前は久しぶりに聞いてとても懐かしく思いました。